自転車を漕ぐ

大学一年のころ、とにかく暇だった。バイトは土日しかしてなかったし、学校の課題はそんなになかったし、金はないが時間だけが膨大にあるようなかんじ。
自分とおなじように地方から上京してきたクラスメイトとなかよくなって、その子とはその膨大な時間をよく一緒に過ごした。マックとかミスドでだべったり、買い物に行ったり、なかでも一番印象に残っているのが、自転車でどこかに行く遊び。
わたしもその子も通学に自転車を使っていたので、放課後に「なんとなくあっち方向」とだけ決めてあとはずーっとべらべらとおしゃべりしながら自転車を漕ぐ。あるときは近隣の大学に向かって、あるときはうちの学校の裏の坂を駆け下りて気の向くままに進む。マックがあれば休憩しに入り、そこでもおしゃべりする。おしゃべりの内容はとりとめもないようなはなし、けど延々と湧き出る泉のようにあれやこれやとはなし続ける。
あのとき通ったコンビニの広い駐車場のかんじ、郊外の国道沿いによくあるでかい看板、ひっそりとした住宅街、つめたい風を顔に感じながら自転車をぐんぐん漕ぐ。なにが楽しくて何度も飽きずにあんなことをしていたのだろうと思い返してみると、いままで育ってきたところとは違う土地に来たということを肌で感じたかったのかもしれない。そのとき見たものはどれもどこにでもあるような風景だけど、たまにふと思い出すときがある。なお、会話の内容はまったく覚えていない。

大学を卒業して間もないころ、四年間通学で使った自転車を自宅に持ち帰ることにした。大学は神奈川の相模原、自宅は当時、東京の立川。電車で一時間、距離にして約15kmちょっと。車の免許は持ってないし、気軽に運転を頼める人もいない。ということは自力で漕ぐしかない。うーん、やってみるかあ。
四月のポカポカ陽気のある日、決行した。

平日の昼ごろに大学に到着、食堂でお昼。当たり前だけど学生に囲まれていて「はあ、たった二週間前くらいまでわたしはここの『学生』だったのに、いまは『卒業生』なのかあ。」とかぼんやり思う。腹ごしらえをしていざ出発、とりあえず町田方向に向かえばいいっぽいので自転車を漕ぎ始める。町田なんて何百回チャリで行ったか。ヨユーヨユー……と、ここで最初の難関が。町田ってね、駅前はひらけてるから全然知らなかったけど、山あるんです。駅前通り過ぎてしばらくしたら住宅街なのですが、そこからすでに超坂道。超のぼり坂と下り坂。それをただ歩くならまだしも、チャリがある。ヒーヒー汗かきながらチャリを押しつつ前に進む。おいおい、まだ序盤2、3kmでこんなふうじゃ、到底無理なんじゃないの…。

住宅街もだんだんさみしくなってきて、畑、道路、民家、みたいな景色に。そしてグーグルマップがこっちに進めと勧めてくる道はまた坂…。もはやチャリ捨てて歩いて進みたい!!!!!と本末転倒なことを思いながら、ヒーヒー進む。

のぼったらのぼっただけ下るわけで、おそらく一番のぼり切ったところからしばらく下る。たまにコンビニで飲み物買って水分補給、休憩。

さあ、山場越えたんじゃないの?行くぜ〜と多摩市エリアに。みなさんご存知ですか、ここもね、山なんです。また超坂道。穏やかではない。多摩丘陵と呼ばれる地形を乗り越えないと、立川には帰れないんです。

またもやヒーヒー進む進む。なんでこんなことやろうと思ってしまったのか…わたしはほんとになんでも勢いで始めてしまうなあ…己を省みるタイム。途中で地元福岡の激安スーパー「トライアル」に出遭ってちょっとテンションがあがる。関東にもあるんや!!

さあ、ふたつの山を乗り越えて、でもやっぱり坂が多いこのエリアをどうにか進んで多摩川が見えてきた。府中です。ここまでくれば地図を見ずともだいたいわかる。四月のポカポカ陽気の真っ昼間にチャリを漕いで坂をのぼって下りて数時間、汗だくだしお尻は痛いしたぶん日焼けもしていてへろへろだ。国立府中インターの看板が見えたとき、ちょっと泣きそうになった。もうすぐ着く!!!国立府中インターのあたりからまたのぼり坂、でもこれは最後の坂!!!!

そこから15分ほどで立川の自宅に到着。なんとかやり切った…

時間にして約二時間半。意外とそんなもん?もっと、六時間くらい格闘した気分である。顔はひりひり、翌日は全身バキバキの筋肉痛。そしてこのやり切った興奮をすぐに誰かに伝えたくてその全身バキバキの日に当時のアルバイト先の人に話したら「え…すごいね…」と引かれた。なんでだ。

わたしはからだを使うことがすきなのだけどスポーツのセンスは皆無だ。アメトーークの「運動神経悪い芸人」とかほんとに笑えない、わたしもたぶんああいう動きをしていて過去に笑われた経験が何度もあるから。

自転車を漕ぐって単純だ。右、左、右、左、交互にペダルを踏んだら踏んだだけ前に進む。スポーツができないわたしでも気軽にからだが使えるし、歩くより速いし脚を使って走るより楽だ。ぐんぐん自転車を漕ぎながら変わりゆく景色を肌で感じたい。

この相模原から立川までの自転車大移動をきっかけに、立川から福生まで、羽村まで、多摩湖のほうへ、小金井市方面へ、とにかく暇な日は自転車を漕ぎまくった。

それからだんだんと自転車でどこか行く、というのはやらなくなって数年。今は脚を使って走るのにハマっている。来年一月のハーフマラソンに向けて、目下走りまくる日々です(と、言いたいところだけど最近雨続きで走れてなくて、やばいのです)。