落とし魔

 

住んでるアパートは、立地のわりに家賃が安く、荷物の多いわたしにとって助かる広さだ。しかし、ベランダがない。

洗濯物は基本部屋干しだが、厚手のズボンやバスタオルなんかは外の物干し竿に干す。ある日、洗濯物を干していたら洗濯ばさみを落としてしまった。のだが、わたしはそのことに気がついてなかった。ある日ポストをあけたら洗濯ばさみが入っていて「ハッ…きっとあの一階のおじいさんが入れてくれたんだ。。もう二度と、落とさないように気をつけよう」と思った。

とある日、またやってしまった。今回は落下するところをしっかり見た。しっかり落ちた。気まずい。たったひとつの洗濯ばさみ、おじいさんの家を訪ねて取らせてくださいと言うのは憚られる。

そこでわたしは「保留」にした。(だめだろ、保留にしちゃ)と思いつつそのままにした。喉にひっかかった魚の小骨くらいのモヤモヤは残った。

洗濯ばさみを落下させたまま外出し、帰宅してからおそるおそる窓を開け、真下の地面を見た。

 

洗濯ばさみは、おじいさんちの物干し竿にしっかりと留まっていた。

地面に落ちた洗濯ばさみがひとりでに移動したのか。そんなわけない、きっとおじいさんが「やれやれ、また落ちてきたよ」と呆れた末の行動だろう。取りに行くのを「保留」にしたばっかりに、よけいに申し出にくくなってしまった。自業自得だ。

 

現在、おじいさんちの物干し竿には、わたしの洗濯ばさみが計4つ留まっている。